今月のコラム

「ホマラニスモ宣言」とは

 エスペラントを創案したルドヴィーコ・ラザロ・ザメンホフ博士は、晩年の1913(大正2)年、前書きと10カ条から成る「ホマラニスモ宣言」を発表しました。
 世界から争いをなくすため、1887年に国際補助語エスペラントを発表したザメンホフ博士は、その後も平和実現のため、思索を重ねました。この「ホマラニスモ宣言」は、博士の平和思想の集大成といって良いでしょう。
 「ホマラニスモ」という言葉はエスペラント語であり、日本語では人類人(人類の一人)主義と訳されています。
 この宣言の第1条では、「全人類を一つの家族とみなす」と謳われています。
 ユダヤ人であった博士はその迫害の経験から、「どの国の国民もすべての国民に平等に権利」(第3条)を持つべきとし、宗教についても「信教の自由」が保証されるべき(第10条)だとしました。
 また、第8条では、「私が〝愛国心〟と呼ぶのは、その出自や言語、宗教あるいは社会的役割にかかわらず、私の同国人すべての福利を守ろうとする感情のことである。ある民族の利害を取り立てて守ろうとする感情や、他国の人への憎悪を私は決して〝愛国心〟とは呼ばない」としました。
 この項目は、出口王仁三郎人類愛善会初代総裁の「日本魂とは平和、文明、自由、独立、人権を破る者に向かって飽くまでも戦う精神をいうなり。無理非道なる強き悪魔を倒して、弱き者の権利を守る精神なり」(『道の栞』)という言葉を想起させます。
 「ホマラニスモ宣言」の中で特徴的なのは、「国や都市の名前は特定の民族や言語、宗教と関係のない中立的な名称であるべき」(第4条)とし、「他の言語や宗教を持つ人々と関わる場面では、中立的な言語を用い、中立的な倫理や風習に従うべき」(第5条)としていることでしょう。
 差別や偏見が生じる原因が〝違い〟にあることを痛感していた博士は、異なる言語や民族、宗教者との〝違い〟を意識させず、なるべく中立的であるべきだと考えたのです。
 それは、「自分を『何国人』と考えているのかという質問に対して、私は『〝人類人(ホマラーノ)〟である』と答える。私の属する国や地方、言語、出身または宗教について特に尋ねられた場合にのみ、それについて詳しく答えることとする」(第6条)という博士の宣言に強く表れているといえます。
 特に宗教に関しては、 「私は、真に宗教的な命令の本質はあらゆる人の心の中に良心という形で存在すると考える」(第10条)としました。これは、世界にはさまざまな宗教があり、戒律が存在していますが、各信仰者が持つ良心こそが、信仰者が守るべき共通の戒律だということでしょう。
 「ホマラニスモ宣言」は崇高な内容ですが、博士はこれを、あくまでも自分自身の個人的な宗教的・政治的信条として発表しました。エスペラントとは完全に切り離そうとしたのです。
 それは、エスペラントが思想信条に関係なく、誰もが学び、使えるようにと、エスペラントの普及を第一に考えてのことでした。
 とはいえ、博士はこの宣言を公表することで、広く志を同じくする人たちが現れることを願っていました。
 世界はいまだ平和というには程遠い状況にあります。そのような現在だからこそ、博士が考え抜いた平和思想に光が当てられるべきではないでしょうか。
(人類愛善会エスペラント部会)